はじめに
ここ数年、SaaS(Software as a Service)業界は「成長産業」として注目されてきました。しかし、ChatGPTをはじめとする大規模言語モデル(LLM)の登場によって、その成長ストーリーに明らかな転機が訪れています。
「SaaS淘汰論」とも呼ばれるこの変化の本質は、単なるテクノロジーの革新ではありません。SaaSがこれまで築いてきた「価値」の前提そのものが再定義されようとしているのです。
本記事では、LLM時代のSaaS淘汰論を、経営戦略・プロダクト設計・資本政策の観点から立体的に読み解きます。特にSaaS企業の経営層に向けて、「生き残るSaaS」の条件とは何かを提示します。
1. LLMが“代替可能な価値”を炙り出す
従来、SaaSは「特定業務の自動化・効率化」を訴求して市場を広げてきました。ところが、LLMはその“汎用知能性”によって、多くの単機能SaaSの価値を一瞬で陳腐化させました。
❌淘汰リスクの高いパターン
- 単一機能に依存し、差別化がUI/UXに留まるサービス
- LLM+ノーコードツールで容易に再現できてしまう設計構造
経営的インプリケーション
- プロダクトの“構造的優位性”を持っていなければ、マージンが消えるだけでなく、そもそも利用されない
- 本質的な優位性がなければ、競争は価格と広告にしか寄らない
2. データ資産こそが防衛壁になる
OpenAIやAnthropicのような基盤モデル企業に対し、SaaS企業は“用途特化”で戦ってきました。しかし今後は、どれだけ高品質かつ深層の業務データを自社で抱えられるかが生存戦略になります。
💡データ資本を持つSaaSの特徴
- オペレーションと密接に連動し、入力される情報そのものが事業価値になっている
- データ→AIによる意思決定→再びデータ蓄積、という自己強化ループを内包
- データをAPI経由で切り売りするのではなく、プロダクト全体として囲い込みに成功している
経営者視点で問うべきこと
- 自社プロダクトは「使えば使うほど価値が高まる」構造を持っているか?
- 顧客が毎日使うインフラか、たまに使うツールか?(習慣化されているか)
3. 「AI前提」で再構築されたUX設計が鍵
従来のSaaSのUI/UXは、「人が操作する前提」で構築されてきました。しかし、LLM以降は**“指示を与えるだけでよい”世界**が立ち上がりつつあります。
⚠旧来型のUXの限界
- 手順・入力・設定が多く、LLMと組み合わせた瞬間に冗長になる
- 顧客が「人がやっていたことを置き換えるSaaS」に飽きてきている
新しいSaaS UXとは
- プロンプトや自然言語ベースで動作する“エージェントUX”
- アウトプット重視型、かつ“提案してくれる”SaaS
- 例:Slack+AIが「この会議、キャンセルしてもいいかも」と提案する世界
経営判断としての課題
- 既存のUX資産(顧客教育、サポート体制、UI仕様)をどう変革するか?
- AIチームを外付けではなく、UX設計チームにどう内包するか?
4. 資本市場とSaaSへの視線の変化
2020〜2021年のSaaSブームを経て、投資家の目はより“構造的利益”と“真の成長再現性”にシフトしています。
📉SaaS評価の再定義
- CAC/ARRが高止まりしている企業は再評価が進む
- 成長率10〜15%でもネットリテンションが高く、深いLTVがあれば資本市場の期待は保てる
上場・非上場の判断軸の変化
- 上場維持=短期評価圧力、IRコスト、プロダクト優先順位の分散
- カオナビのように「非上場に戻して集中する」選択は合理性あり
経営者に問われる“AI戦略”の再定義
最後に、「自社のAI活用」が“PoCどまり”になっていないかを問い直すべきです。
✅問うべき問い
- これは単なる機能追加なのか?それともプロダクトの再構築か?
- AIを使って“何が変わったか”を顧客が実感できているか?
- 自社の存在意義は、AI時代でも変わらず必要とされるものか?
まとめ:SaaSの“再発明”が始まっている
AIによって淘汰されるのは、SaaSそのものではありません。
淘汰されるのは、**「AI以前の思考でつくられたSaaS」**です。
- どんなSaaSもAIを組み込むことが当たり前になる中で、
- 「何を解くのか?」「なぜSaaSという形なのか?」を問い直し、
- AIによって“再定義”された価値を届けられる企業こそが、生き残る。
AIによる淘汰は、プロダクトの再発明と経営の再構築を迫る号砲です。
今、SaaSは第二章へと進もうとしています。

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