「貧困は自己責任なのか?」という問いに対して、真正面から脳科学と実体験の両面から迫ったのが、鈴木大介さんの『貧困と脳』です。
脳梗塞によって一時的に生活困窮者となった著者が、自身の経験と科学的知見をもとに「貧困が人の思考と行動をどう変えてしまうか」を鋭く描き出しています。
この記事では、貧困状態がもたらす認知機能への影響や、自己責任論では見えない“思考の構造的な制約”について整理してみます。
🧠 「貧困」は単なるお金の問題ではない
本書の大きなテーマは、**「貧困とは“脳のリソース”が奪われていく状態である」**という点です。
貧困状態にある人は、
- 住まい・食事・医療など生存に関わる不安が常に頭にある
- “今この瞬間をどう乗り切るか”という短期思考に支配される
- 認知機能が低下し、判断や計画がうまくできなくなる
といった状態に陥ります。
著者自身も、脳梗塞によって思考力や記憶力が低下し、生活が不安定になったときに「なぜこんな簡単なことができないのか」と自己否定に陥った経験を赤裸々に語っています。
🧪 認知機能の低下と生活困窮
『貧困と脳』では、医学的見地と実体験を交えて、
- 情報処理能力の低下
- マルチタスクの困難さ
- 注意力の維持が難しくなる
といった変化が起こる様子が描かれています。
つまり、貧困や脳のダメージによって「自己コントロール力」や「先を読む力」が削られていく現象がある。そしてそれは、怠惰や無知とは別の次元の問題なのです。
🔁 自己責任論の限界
貧困状態にある人の行動は、しばしば「なぜ計画的に動けないのか」「なぜ支援を受けに来ないのか」と批判されがちです。
しかし本書を読むと、それらの行動はむしろ、**脳のリソースが足りない中での“必死の選択”**であることが分かります。
「見えていても、処理できない」 「分かっていても、動けない」
というリアルな苦しみを、鈴木さんの言葉はリアルに伝えてくれます。
✍️ 読んで感じたこと
「なんであの人はこうしなかったんだろう?」
その問いに対して、「脳の状態が違えば世界の見え方が変わる」という視点は、自分自身の偏見を揺さぶってくれました。
支援する側・評価する側に立つことが多いビジネスパーソンや行政職の人こそ、 「認知のバリア」という見えない壁があることを知っておくべきだと思います。
そして自分自身も、ストレスや不安にさらされて“思考の幅”が狭まっているときには、判断力や対人対応に明らかな変化がある。そういうときこそ、自分を責める前に状況を見直すべきだと感じました。
📚 まとめ
鈴木大介さんの『貧困と脳』は、貧困を“自己責任”という単純な図式で語ることの危うさを、医療・脳科学・当事者の声を通じて解き明かす一冊です。
「なぜこの人はこうしてしまったのか?」
その問いに、環境だけでなく“脳の状態”という視点を持ち込むことで、他者への見方が一変するかもしれません。
判断力・計画力・人との関係性——そういったすべてに関わる「脳の健康」をめぐって、もっと寛容な社会になってほしい。そう思わせてくれる一冊でした。
コメント